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不確実性を嫌う日本人、クビのリスクがないから給料は安いままに/日本人の給料(5)

「なぜ?」「どうして?」は経済学で説明できる! 日本テレビ系列の情報バラエティ「スッキリ」でおなじみのコメンテーター・坂口孝則氏の著書『日本人の給料はなぜこんなに安いのか』より、「コスト」と「リターン」をご紹介します(第5回)。

なぜ日本人の給料は安いのか(2)
流動性の低さ

たとえば雑誌を定期購読する際、「一度契約したら、38年間は購読してください。そのかわり1冊の値段は500円です」という契約と、「1冊1000円ですが、つまらなかったらこの1冊でやめてもらってかまいません」という契約があったとしたらどうでしょう。

まず内容をたしかめたい人は、1000円のプランを選択する人が多いと思います。でもこちらを選択してしまうと、ずっと読もうと思ったときには「最初から500円で契約しておけばよかった!」となるでしょう。

これを人事採用に置き換えると、企業にとってはこんな感じです。


・年収500万円でずっと雇用しなければならない社員
・年収1000万円だが、成績しだいでは、1年しか雇用しない社員

つまり企業は、1.もしかすると力がない可能性がある社員に年間500万円を払い続ける選択と、2.年間1000万円を支払うかもしれないけれど、1年以上の雇用責任がない場合、とを比べるわけです。

これはリスクプレミアムとでも言うべきものですが、企業はすぐさま解雇できるメリットを手に入れる場合、リスクプレミアム分の金額の上乗せを用意し、給料を高くしなくてはなかなか人を雇えません(雇われる側にとってはリスクだからです)。海外の企業はまさに後者で、彼らの給料の高さは、このリスク分とも言えるでしょう。

給料、つまり市場相場は、この「リスク」も勘案して決まるわけです。

これまでは働く側からのコストとリターンを考えてきましたが、会社側からすれば、給料がコストで、みなさんの成果がリターンです。ということは会社からすれば、長期雇用を前提とする場合、給料というコストはずっと固定されている、だけれど、リターンは保証されていない、と考えることができます。

たとえば、会社がある方向に進むとします。そんなとき会社は、それに合った社員を集めようとします。でも、その事業が失敗だとわかって撤退すると決めたとき、かつて採用した社員の雇用を守らないといけないとなると、かなりの負担になります。

給料は自分よりもらっているけれど働かないおじさまたちは、こうやって量産されてきました。

労働者が自分に適した市場に移りゆくことを「流動性」と呼びます。転職がさかんな場合は「流動性が高い」、誰も転職しない場合は「流動性が低い」と表現します。

日本では、35歳から54歳までの男性が、入社からずっと同一企業で働く率が、先進国の中でも上位にあります。これは先ほどお伝えした製造業のスタイルが根底にあるからだと思います。一方、女性は結婚・出産に伴って退職する人が多いため、男性と同傾向にはありません。ただそれでも40歳を超えるまでは、同一企業で働く率がきわめて高くなっています。

つまり日本は「転職しない」「辞めない」「クビにならない」ことから、基本的に雇用の流動性が低い国だというわけです。転職しても管理職になれるケースが少ないことも、流動性を下げる一因になっています。そうなるとリスクプレミアム分の高給は実現しにくく、給料は自ずと安くなります。

以前、こんなエピソードを聞いたことがあります。「鬼の管理職研修」の話です。その研修の講師は、第一声「いまから部下とは、一生の付き合いになる。そこで質問したい。部下を一生、愛し続ける自信がある者だけ、手を挙げてほしい」と言ったとか。

戸惑う受講生の半分が手を挙げませんでした。するとその講師は、手を挙げなかった半分の受講生を、教室から追い出したそうです。

「お前たちは管理職になる資格がない」というわけです。いかにも、終身雇用時代のエピソードですね。ちなみに残った半分は、前年の研修で教室を追い出された人たちだったそうです。

これは笑い話ではありません。日本は従業員をたやすくクビにできません。正当な理由があれば解雇できると思う人は多いかもしれませんが、解雇にはかなりの困難が伴います。なぜなら日本では、従業員の成績が悪いのは「会社が教育を与えなかったため」と判断されるからです。

ただ、あまりこれを強調したくはありません。なぜなら外資系の企業も、日本にある限りは日本の法律を遵守する必要があるからです。ですから、あくまでも日本には「クビにしにくい『慣習』が存在する」と理解するのが正しいと思います。

先にリスクプレミアムという言葉を紹介しましたが、リスクという言葉を日本語に訳すと「危険」と思われがちですが、正しくは「不確実性」です。給料がどうなるかわからない不確実性、雇用が守られるかわからない不確実性。日本人の給料が安く海外が高いのは、この「不確実性」がキーになっていると考えることもできます。

不確実性を嫌う日本人は、そうかんたんに会社を辞めたり、転職したりはしません。そうすると先述したとおり、会社が方向転換するたびに、人が余る状況が生まれます。

でもその人たちを解雇はできない。そうなると会社は社員1人でできる仕事をたとえば4人に分割してやらせようと考えます。あるいは、仕事のための仕事が生み出されることもあるでしょう。これを繰り返しているといつまでたっても給料が増えない。そんな構造が見えてきます。


著=坂口 孝則

カテゴリ:マネーテク

【著者紹介】坂口 孝則(さかぐち・たかのり)
未来調達研究所株式会社取締役。大学卒業後、メーカーの調達部門に配属される。調達・購買、原価企画を担当し、バイヤーとして200社以上のコスト削減、原価企画を担当した仕入れの専門家。テレビ、ラジオ等でも活躍中。

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