スキルUP

敗北続きのチャンネル権争いに「諦め」の意義を噛みしめる/会社員という生き方(1)

便利で素晴らしい世の中が、なぜ僕らを苦しめるのか? すべての会社員の気持ちを代弁してくれる『ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。』(フミコフミオ著)より、現代における「生きづらさの正体」に迫ります(第1回)。

この国のどこかで今もチャンネル権をめぐる無慈悲な争いが起こっている

日曜日の昼下がり、傍らでは、通販で買ったモコモコ部屋着を着た妻が、通販で買ったソファーに座り、家電量販店で買った液晶テレビを眺めている。我が家、最大サイズのテレビジョン。日本民族は農耕民族と記憶しているが、妻の目には狩猟民族特有の鋭さがあった。小学校の先生の言葉を思い出す。

「歴史は、権力者によって書き換えられる」

妻は、歴史の陰に埋もれた狩猟民族の末裔かもしれない。ちなみにその先生は、教職を辞したのち、政治活動家に転身して、少々過激な公約を掲げて地元自治体選挙に出馬、大方の予想通り大差で落選した……までは風の噂で聞いたが、その後の消息は知らない。時の権力者に消されたのだろうか。


妻の視線の先にあるもの。それは2時間ドラマの再放送。理解しがたいのは「あの人が犯人なんだよー」「ここで殺される!」「あ〜動機は職場でバカにされたからだったっけな」という物騒な独り言。そこから推察されるのは、彼女が当該ドラマをすでに2回以上視聴している事実。

裏番組では、大人気お笑いコンビの名前を冠に置いたグルメ番組が放映されていた。ほぼ内容を把握している2時間ドラマならば、そちらのグルメ番組を視聴したほうがよろしいのではないだろうか。未知の情報に触れたほうが認知症対策にもなるしね。

僕は「危ない……こいつ犯人だよ……」「崖で待ち合わせするから、死ぬ!」「やっぱり死んだー!」という殺伐とした独り言で、精神を削られたくない。健やかに生きたい。だが、それはかなわぬ夢。なぜか。我が家のチャンネル権を、妻が完全に掌握しているためである。言い換えれば、僕には好きなテレビ番組を見る権利がない。

今、この瞬間もこの国のどこかでは、テレビのチャンネル権をめぐり、熾烈(しれつ)で非人道的な争いが起きている。だが、争いの数自体は、僕が子供時代を過ごした昭和の終わりよりは減っている。

当時より、ずっと核家族化は進んでいる。風呂専用のテレビがあるように、テレビが一家に1台の時代ではなくなっている。スマートフォンやタブレット端末のような、テレビ以外の番組コンテンツを視聴できる機器が普及している。だが、世界史が争いの歴史であるように、チャンネル権をめぐる争いが終わる気配はない。

一般的な家庭において、リビングルームは1部屋。そして、その部屋に設置されるメインのテレビは1台。もし、同性能のテレビがリビングに複数あったら、映像とサウンドが干渉し合って、心身によろしくない影響が出るのは間違いない。ボンクラ学生時代にJAPANになる前のXの楽曲と爆風スランプの楽曲を、同時に流したら目がチカチカしたように……。

一般的にメインのテレビは、大画面、綺麗な画像、優れた音響を兼ね備えた、一家のなかで最強のマシンだ。番組コンテンツを見るのなら、ちまちました小さい画面ではなく、一家最強のテレビで見たい。そう考えるのが現代人として当たり前の考え方である。


一家に1台時代のチャンネル権の争いは、見たいテレビ番組を見られるか見られないかの、シンプルで牧歌的な闘争だった。夏真っ盛り。夕食後のひととき。台所からは母親が食器を洗うカチャカチャという音が聞こえる。

「兄ちゃん、僕は『イタダキマン』が見たい」

「ダメだ。ジャイアンツの中継を見る」

「イタダキマン!」

「ジャイアンツ!」

兄弟の争いはいつも「お兄ちゃんなんだから」という母の言葉で弟の勝利に終わる。最初から勝敗が決まっている勝負は、どこかのんびりとして、牧歌的であったのだ。

チャンネル権を勝ち取った勝者の心には、望んだ番組を見られなくなった敗者に対して、申し訳なさが残る。そして「一緒に見ようよ」という優しい言葉が勝者と敗者を温かく包んだのだ。

それに対し、現代の争いは、よりよい環境でテレビ番組を見られるか見られないかの、贅沢・満足感をめぐる争いだ。争いは苛烈になっている。家族ひとりひとり、それぞれが番組コンテンツを視聴できる機材を持っている現代。

その贅沢さゆえ、メインのテレビのチャンネル権を勝ち取った者の口から「番組を見られないわけではないのだから、自室で見ていればいいだろう!」という昭和時代では考えられない、無慈悲な言葉が出てくるようになっている。

見られるのだからいいだろう。敗者はちまちました画面で我慢していろ。そこにあるものは、格差である。優劣である。敗者への同情、慈しみは存在しない。

定期的に繰り広げられている僕と妻のテレビチャンネル権をめぐる争いの帰結も勝敗ではなく格差、あるいは人間の優劣になっている。

ささいな日常生活上の争いが、人間の優劣になるなんていくらなんでもつらすぎる。

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チャンネル権とは単なる権利ではなく、権力の象徴

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ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。

ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。

作者: フミコフミオ
出版社/メーカー: KADOKAWA
発売日: 2019-09-27
メディア: 単行本

【著者紹介】フミコフミオ(ふみこふみお)
1974年2月生まれ。会社員生活で蓄積したストレスの発散とお友達作りのためにインターネットに文章を書き続けた結果、中高年男性を中心とした熱烈なファンと強烈なアンチに囲まれて身動きが取れなくなる。現在は某中小企業で営業開発部長と、家庭内ゴミ出し係および妻専属アッシーを兼務。

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