30歳の誕生日にすべてを失うアラサー女をナメないでいただきたい!/喜ぶと思うなよ(1)

恋愛、結婚、ハラスメント……男と女を取り巻くあれこれがグイグイ刺さる!メディアで引っ張りだこの文筆家・鈴木涼美氏の著書『女がそんなことで喜ぶと思うなよ ~愚男愚女愛憎世間今昔絵巻』より、現代男女世相論をご紹介します(第1回)。
30歳の誕生日~すべて失う5秒前
随分前に私が心変わりしてフッて以来、その直後には月に1回ほど、その後も年に1回ほど「戻ろうよー、幸せにするから」とか「悪いところ直したいと本気で思ってるし、もう1回やり直そうよ」とかいう連絡をよこしていた男から、「君がいろんな意味でのだらしなさを改善する気があるなら、もう1回俺と付き合ってみる?」と連絡が来て、私はその携帯電話の画面を見つめて数秒固まったあと、女が30歳になるってこういうことだったのかと一人ナットクしてしまった。
いや、正直ナットクとか全然できないんだけど、妙に説得力を持ってやってきた女の加齢に伴う現象の一つにもはや清々しさすら感じて、ああそうかよ、と喧嘩腰にその事実を受け止めた。30歳になって半年が過ぎた頃だった。
そういえばまだ私が20代の生きやすさに甘んじていた頃、「女が30歳になるとそれまで見下していたものが横に並び、32歳や33歳になると、それらはいつのまにか上から自分を見下しているから気をつけて」なんて言ってきた先輩がいた。ここでいう見下していたもの、とはすなわち男のことである。
同世代の男に限っていうと、私たちは生まれてから基本的にずっと彼らを見くびっている。そもそも同い年であれば学校だろうとバイト先だろうと新入社員の研修だろうと女の方が順応性が高く、要領がよく、そつがないし、わざわざ地位も名誉も得る前の貧乏な同い年の男の世話にならずとも、ちょっと年上の地位と名誉とお金と甲斐性のある男が面倒を見てくれる。
ということで同い年の男に媚びへつらう必要はまったくない。
年上の男に限っていうと、私たちは生まれてから基本的にずっと彼らをなめくさっている。だって私たちの方が若くて瑞々しいし、私たちが若くて瑞々しいという、まったくもって私たちの努力や実力なんて無関係な理由で、彼らは私たちを賞賛し、崇めてくれる。
知識も経験もない私たちに酒を注がれるだけで何万円も支払い、大した人間力もない私たちの着用した下着に何万円も支払い、技術もキャリアもない私たちと寝るためにやはり何万円も支払う。なかなか甲斐甲斐しいが、なんともバカバカしい。
そういうわけで私たち、禁断の10代・魅惑の20代において、特に男女差別などに興味を持つこともなく、男を見くびって男をなめくさり、ついでに男が作ったこの世界と男が牛耳るこの社会もなめくさり、不幸や苦労や報われない努力というものが確かにこの世界にはあるらしいが、少なくとも自分とは無関係であるという事実を、まるで疑うことなく生きてきた。
もちろん、よほど先見の明でもない限り、結婚なんていう、自分の前に無限に広がる幸福の可能性をたった一人の自分より優れていない生物に託すなんていう行為に興味が湧くこともなく。
しかし30歳になって一部の女が産休に入ったり結婚を機に別部署に異動したりするタイミングで、それまで持ち前の不器用さと順応性の低さでいまいち成果を上げていなかった男たちが、いい加減働くということにも慣れ、メキメキと頭角を現し、ついでに地位と名誉とお金もほどよくついて、急に存在を獲得したす。
そしてようやく女に相手にされるスペックになった男が向かう先は、それまで自分らを見くびって相手にもせず、年上の男の車に乗って年上の男の支払うレストランで自分らより数倍いい値段の飯を食っていた同い年の女では当然なく、若く瑞々しいかつての私たち、すなわち若い女のところだ。
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【著者紹介】鈴木 涼美(すずき・すずみ)
慶應義塾大学を卒業、東京大学大学院学術情報学府の修士課程を修了。大学在学中にキャバクラ嬢として働き、20歳でAVデビュー。卒業後、日本経済新聞社に入社し、都庁記者クラブ、総務省記者クラブなどに配属され、地方行政の取材などを担当したのち退社。