スキルUP

利益ばかりを求めてはダメ! 驕る経営者が陥る「わな」/ドラッカーと生産性④

管理会計のプロ・林總著『ドラッカーと生産性の話をしよう』より、「生産性」が持つ“真の意味”をストーリー形式で解説します。西園寺たちに、「増収増益」の会社を自慢する若き経営者。しかし西園寺は、その手腕に疑問を抱く(第4回)。

白ワインの教え

だが、西園寺は差し出されたメニューを見ることもなく「和食と勝沼の白ワイン」と(注:キャビンアテンダントの)ケイコに伝えた。それを聞き、マヤ(注:乗客の若い女性)もまた「私も同じものをいただいていいでしょうか」と言った。

「かしこまりました。他には何かございますか、滝口様」

ケイコが名字で呼ぶと、マヤはますます緊張して、「これで十分です」と答えた。

慣れた雰囲気の西園寺をマヤは憧れのまなざしで見上げた。

「いつもファーストクラスを利用するのですか」

マヤの声は、まだ緊張で上ずっている。

「どうしたんだね」

「やっぱり私には場違いな気がして。それに、西園寺さんってすごくかっこいいんですね」

「この僕が? いやお世辞でもうれしいね」

西園寺は、ひとしきり笑った。

「最初は、誰もがこの独特な雰囲気に圧倒される。だが、二、三度乗れば慣れてきて、最初の緊張感が懐かしくなる」

そう言って西園寺は席に戻ると、後ろを向いてマヤに話しかけた。

「君はどんな仕事をしてるんだね」

「本当は美大に入ってデザイナーになりたかったんです。でも実家が貧しかったこともあって、高校を卒業するとき、アパレル会社の就職試験を受けたんです。でも、ダメでした。いまは派遣会社に登録して、デパートで女性服の販売員をしています」

「ファッションが好きなんだね」

「大好きです。すてきな洋服をたくさん見て、お金を貯めて、学校に入り直して、デザイナーになりたいんです」

マヤの瞳が輝いた。

「それで憧れのニューヨーク旅行に出かけたわけだ」

「はい、職場のお友達と。でも運悪くファーストクラスにアップグレードされて」

マヤは本気でそう思っているな、と西園寺は思った。

「君はいい人生を歩むだろうね。僕はそう思う」

西園寺はやさしい笑みを浮かべた。

「どうしてわかるのですか」

マヤの質問に答えず、西園寺はケイコを呼び、ワインリストを頼んだ。

すぐにケイコが姿を消し、ワインリストを持って再び現れた。西園寺は、リストに素早く目を走らせると、シャサーニュ・モンラッシェ・プルミエ・クリュをオーダーした。

◇ ◆ ◇

「モンラッシェ……ですか」

マヤが言った。

「いかにも」

と答えると、西園寺はこんな蘊蓄(うんちく)を傾けた。

「モンラッシェ(Montrachet)は白ワインの最高峰だ。ちなみにモンラッシェ、つまりMont(山)とrachet(やせた土壌)という意味からわかるように、高級ワインはやせた土壌で造られるんだよ」

「やせた土地でブドウを育てるのですか」

マヤは驚いた。ワインのブドウは肥沃(ひよく)な土地で育てるものと思い込んでいたのだった。だが、そうではないらしい。

「やせた土地にぎっしりと植えるんだ。ブドウの木は少ない養分を奪い合いながら、地中深く懸命に根を張る。最高といわれるワインはすべてやせた土壌で育ったブドウから造られるんだよ」

マヤは、西園寺の話に聞き入った。

「君は実家が貧しかった、と言ったね。だから大学に行けなかった、と。僕は貧しいこと自体がその人の人生にマイナスだとは思わない。むしろプラスに働くことのほうが多い気がする。このモンラッシェのようにね。逆に育った環境が豊かであるがゆえに、暖かい地方のワインのように平凡になってしまうこともある」


2人の会話にずっと耳を澄ませていた安田(注:乗客の男性)は、タイミングよく話に加わった。

「モンラッシェですか。ワインにお詳しいですね」

「単なる飲んべえにすぎんよ」

西園寺はあっさりと答えた。

「そういえば、ニューヨークでの仕事について聞いていなかったね」

「直営店をまたオープンするもので、その打ち合わせです。来年はパリとミラノでのオープンを予定していましてね」

安田は内ポケットから革製の名刺入れを取り出し、多色刷りの名刺を西園寺に渡した。そこには「株式会社ピスコ 代表取締役 安田正信」と記されていた。

名刺を受けとった西園寺は、その名刺をマヤに渡した。

「アパレルの会社を経営しているんだね」

「ええ。ピスコという零細企業です」

と、安田は答えた。

もちろん零細企業ではない。年商100億円の立派な中堅企業である。しかもこの数年間、売上高は毎年2割近くも伸び続けている。

なのに「零細企業」と言ったのは、心にもない謙遜以外の何物でもなかった。

「ピスコね。もしやペルーのあのピスコ村からとったのかね」

ブドウを原料とした蒸留酒の産地として有名な村だ。

「よくおわかりですね」

安田は社名をピスコと名付けた由来を語った。

驕(おご)る経営者

新婚旅行でなけなしのお金をはたいて安田夫妻が向かったのは、アルゼンチンのイグアスの滝と、ペルーのナスカだった。そしてナスカの地上絵を見たあとに立ち寄ったのがピスコ村だった。そこはイタリアの蒸留酒「グラッパ」の味に似た蒸留酒の産地であり、その味と言葉の響きが気に入った。そこで安田は、この村の名前をとって社名を「ピスコ」にしたのである。


「ピスコって、原宿にある女性服のピスコですか」

安田の名刺に見入っていたマヤが、突然、熱い調子で話に割り込んだ。ファッション好きのマヤには、聞き流すことができなかったのだ。

「私の会社を知っているんだね」

「もちろんです!」

マヤは興奮で、体が震えだした。入社したかった憧れの会社だったのだ。そして、自慢げに身に着けている服を指さして言った。

「これ、わかりますか」

「えっ。突然言われても……」

「ピスコです」

「そっ、そうだったね。家内のデザインだ」

西園寺は、安田が自社の商品をひと目で判別できなかったことに違和感を覚えた。

「奥様がチーフデザイナーなんですよね。安田さんも洋服のデザインをなさるんですか」

「私もかつてはデザイナーを目指していたよ。だが、彼女と一緒になって辞めたんだ。才能が違いすぎる。その代わりに、彼女の才能を売り出そうと決めた」

安田は白ワインをひと口飲むと、こんなことを口にした。

「私に経営の才能があったから、彼女はここまで有名になれたと思うね」

妻の才能を持ち上げたと思いきや、自分の経営手腕はもっと優れているという。

大した自信だ、と西園寺は思った。

とはいえ、このような自信に満ちた表情を見せる経営者は、急成長している会社では決して珍しくはない。


「ところで、君の名前を聞いていなかったね」

今度は安田がマヤにさりげなく名を尋ねた。

「滝口マヤといいます。デパートで洋服を売っています」

「デパートの販売員の君が、ファーストクラスにいるの?」

「アップグレードしてもらったんです」

そのひと言で、安田の態度が、がらりと変わった。

「なるほど。君には一生に一度の幸運だろうから、好きなだけおいしいものを頼むといい」

明らかに不遜な言いようなのだが、マヤは不快には思っていないようだった。

「私、高校を卒業するとき、ピスコで働きたくて就職試験を受けたんです。でもダメでした。そのとき、ピスコのことを少しだけ調べたんです。ピスコって、洋服だけでなくて、いろんなことをしているんですね」

「そこが、うちの会社が他社と違うところなんだ」


安田は残りのワインを飲み干すとこんな話を始めた。

「いまでは売上高の10%が飲食と雑貨になった。これには戦略があってね」

「社長の安田さんの趣味で始めたものとばかり思っていました」

マヤが読んだ新聞や雑誌の記事では、安田は仕事より趣味について多くを語っていたからだ。

「それもある。でも、飲食と雑貨は、アパレルを盛り立てるための道具なんだよ。例えば、うちのイタリアンレストランでは、ローマの下町で焼かれている薄い窯焼きピザと庶民的な白ワインが楽しめる。同じフロアには、イタリアをイメージしたカジュアルウエアのコーナーがある。この相乗効果が確実に売上を押し上げているんだ」

「そうなんですね。私もピスコで働きたかったな」

マヤは、ピスコの就職試験に落ちたことが残念でならなかった。

「また受ければいい。次回は私の名前を出してかまわないから」


マヤは顔をほころばせた。

「うれしい。もう一つ聞いていいでしょうか」

「なんなりと」

「ピザを焼く窯って、すごく高いと聞いたんですけど……」

すると、安田は明らかに不愉快そうな表情でマヤを睨んだ。

「金額は関係ない。どんなに高価でも必要なら投資する。すべては社長の私が決めることだ」

あまりの迫力にマヤは一瞬ひるんだ。だが、もう一つだけ聞きたいことがあった。

「それで、現在の売上高ってどのくらいなのですか」

ピスコの就職試験を受けたとき、父親から会社の売上規模や従業員数について聞かれたことを思い出した。だがピスコは株式を公開していないため、知る術がなかったのだ。

「8億円くらいかな」

「1年で8億円ですか。すごい!」

「おいおい勘違いしないでくれよ。月に8億だよ。年商ならジャスト100億円だね」

先ほど「零細企業」と名乗った安田だが、マヤに対しては、自慢げに規模の大きさを強調した。


静かにこの会話を聞いていた西園寺が口を挟んだ。

「100億円ね。立派なもんだ。何年でそこまでにしたんだね?」

「10年です。しかもずっと増収増益です。会社にとっては、利益が命ですからね」

「利益ばかり追って、会社は大丈夫なのかね……」

安田はムッとした顔で西園寺を睨んだ。

(第5回に続く)

林 總

カテゴリ:スキルUP
【著者紹介】林 總(はやし・あつむ)
公認会計士、税理士、明治大学大学院特任教授(管理会計)。外資系会計事務所、監査法人勤務を経て独立。現在、経営コンサルティング、会計システムの設計・導入指導、講演活動を行っている。ベストセラー『ドラッカーと会計の話をしよう』(KADOKAWA)ほか著書多数。

【書籍紹介】『ドラッカーと生産性の話をしよう』(KADOKAWA)

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