スキルUP

拡大路線による利益の増大は、「生産性」とは無関係!?/ドラッカーと生産性⑥

管理会計のプロ・林總著『ドラッカーと生産性の話をしよう』より、「生産性」が持つ“真の意味”をストーリー形式で解説します。経営者が語る自社の成長手法は、典型的な拡大路線だった!驕る経営者は「生産性」をまちがったまま突き進む……(第6回)

ピスコの沿革

ケイコは通路で2人の会話を聴きながら、西園寺のせりふに驚いた。

西園寺といえば、日本のウォルマートと呼ばれる、いまや年商1・3兆円超の小売チェーン「スーパー西周」を一代で築き上げた人物だ。いまでは世界中からコンサルの依頼があるというのに、この若者から経営のノウハウを学ぼうとしているのである。


「私のレクチャーは高いですよ」

安田は、もったいぶった言い方をした。

「それはわかっている。冥土の土産とは言わないが、そこを曲げて教えてほしいんだ」

すると安田は、右手に着けている金色のロレックスをチラリと見て言った。

「ニューヨークまで8時間。まあいいでしょう。ただし、くれぐれも他言無用でお願いします。同じことをされたら、うちの会社もたまりませんからね」

西園寺は頷いた。

◇ ◆ ◇

安田の話はこうだった。

「ひと言でいえば生産性ですよ。生産性を高めれば、売上が増えて利益も増える。ま、そう言ってもなかなか理解できないでしょうね」

西園寺は黙って安田を観察した。その沈黙を困惑と誤解した安田は、得意げに続けた。

「わかりました。私がしてきたことを特別にお話ししましょう」

そして、ピスコの誕生と発展を振り返り始めた。

――会社規模が小さいうちは、埼玉県東部の越谷市の自宅で、妻の純子がデザイン画からパターンを起こし、自らミシンを踏んで服を作り、安田が小さな店で販売していた。その後、客が増えてくると、デザインした服を近隣の縫製会社で製造して、店売りだけでなく、卸売りも始めた。

そんな折、あるテレビドラマで、有名女優演じる女性エリート弁護士が、ピスコの服を身に着けていたことがきっかけとなって、あっという間に評判が広まった。売上高は幾何級数的に増加し、国内の縫製会社では対応しきれなくなった。

売上規模が拡大すると、大手アパレルメーカーと競合するようになり、価格競争も激しくなった。なんとかしなくては、と悩んでいたときに商社から声がかかり、生産拠点を中国・大連にあるOEM(相手先ブランドによる生産)メーカーに移して、彼らと取引をすることにした。

中国のこの会社は、生地や付属部品の購入からパターン作成、裁断、縫製までをすべて引き受けてくれることから、ピスコは生産の煩わしさから解放された。そこで、商品のブランドを、当初の女性服に加えて、子供服と男性服へと広げていった。

ピスコは、このOEMメーカーを自社工場のように利用した。毎年、秋に翌年の春夏物、春に秋冬物の商品アイテムと生産数量を決める。そして、生産に必要な生地と付属部品を調達する。中国では、出荷の半年前から一斉に縫製作業を開始する。直営店や百貨店で品切れを起こさないために、生産数量は多めに決定している。


販売チャネルも変えた。

それまでの問屋への卸売りをやめ、直営店、百貨店、そしてファクトリー・アウトレット(メーカーからの直接仕入れにより低価格を実現した小売店)での販売にした。卸売りをやめた理由は、問屋からのリベート要求が激しく、そのうえ、返品も多いせいで利益が減ってきたからだ。

さらに問題なのは、顧客の満足度が伝わってこないことだ。消費者の顔が見えないから、商品のどこが気に入ったのか、逆にどこが不満なのかがわからない。

一方、直営店や百貨店では、消費者の反応が手にとるようにわかる。顧客の好みや時代の微妙な変化が見える。方針を転換し、いまでは全国で50店もの直営店と百貨店で商売を展開している。

だが半面、直営店販売にしたことで、卸売りとは異なる問題を抱えることとなった。

第一に、出店するには、多額の保証金や造作(内装工事)に資金がかかる。数千万円、あるいは億単位になることも稀ではない。

第二に、店頭の商品在庫だ。商品種類に比例して在庫金額は膨らんでしまう。

そして第三に、店員の人件費と経費だ。1店舗当たり2~3人が必要として、人件費だけで月に60万円、その他の経費を加えれば、直営店の維持費は月当たり軽く100万円を超す。これは固定費だから、売上がゼロでも出て行くコストである。

このように直営店販売にもリスクは多いものの、ピスコの名で出店すれば、必ず新聞や雑誌が記事で取り上げてくれた。客が殺到し、売上が増え、利益も増える。そして銀行は必要なだけお金を貸してくれた。出店を控える理由はなかった。

こうして、安田は自信を深めて店舗を増やし、事業の領域を飲食や雑貨へと拡大させた。

波に乗った極めつきは、本社ビルの建設だった。

昨年、東京・麻布十番に20億円かけた本社ビルが完成した。安田は、ファッション業界はイメージがもっとも大切だと信じている。建物の外装も内装も贅を尽くし、最上階のワンフロアを社長室にしたのだ。

◇ ◆ ◇

「何かご質問はありますか」

ひと通りの説明を終え、慇懃(いんぎん)な口調で安田が言った。

西園寺は閉じていた目を開いてペットボトルの水をひと口飲んだ。

「興味深い話だった。参考になったよ。で、一つ聞きたいのだが、どうして本社を自社ビルではなく、賃貸ビルにすることを考えなかったのかね」

「不動産は会社の信用です。自分の土地に自分のビルを建てる。これが経営の本道ですよ。それに、不動産を持っていれば銀行の信用は絶大です」

安田はこう言って胸を張った。

「なるほど。つまり、君の考えはこういうことかな」

そう言って、西園寺は安田の話を整理した。


1 経営にとって一番大切なのは、利益を上げることである。利益は売上がもたらすから、なにはともあれ増収を目指さなくてはならない。

2 アパレル会社が売上を増やすためにすべきことは、第一に顧客が欲しいと思う商品を提供すること。とはいえ、ヒット商品は多くない、そこで次の3つの戦略に出る。

戦略①ブランドの数を増やし、品種も多くする

戦略②大量に販売する
→そのために、多くの人たちの目に触れるように、直営店、デパートの売り場を増やし、多めに商品を並べる。決して、売り損じを引き起こしてはならない。

戦略③商品の供給体制をつくり上げる
→大量に生産でき、しかも商品の仕入れ値が安く納期遅れがないことが大切。だが、国内の縫製会社では規模が小さすぎる。そこで中国のOEMメーカーをパートナーにした。

「つまり君は以上の施策で会社の生産性を高めたわけだ」

西園寺が確かめると、安田はこう答えた。

「その通りです。それにしてもよく理解できましたね」

すると、マヤが感心した表情で安田に言った。

「会社の社長さんって、何もしないでただ威張っている人だと思っていました。でも違うんですね。いろんなことを考えて、いろんな手を打っている。そばで聞いていて、すごく勉強になりました。アップグレードしていただいたからこそ、安田さんのような立派な方に会えたんですね」

ついさっきまで、できればエコノミーに席を戻してほしいと言わんばかりだったマヤは、西園寺と安田のやりとりを聞いて、気持ちが大きく変わったようだ。

(第7回に続く)

林 總

カテゴリ:スキルUP
【著者紹介】林 總(はやし・あつむ)
公認会計士、税理士、明治大学大学院特任教授(管理会計)。外資系会計事務所、監査法人勤務を経て独立。現在、経営コンサルティング、会計システムの設計・導入指導、講演活動を行っている。ベストセラー『ドラッカーと会計の話をしよう』(KADOKAWA)ほか著書多数。

【書籍紹介】『ドラッカーと生産性の話をしよう』(KADOKAWA)

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