スキルUP

頭の良さや専門知識よりも重視するべき「経営者の絶対条件」とは?/ドラッカーと生産性⑦

管理会計のプロ・林總著『ドラッカーと生産性の話をしよう』より、「生産性」が持つ“真の意味”をストーリー形式で解説します。同乗者の傲慢な経営者と横柄な客。西園寺は彼らの態度を見て、ドラッカーが教える「もっとも重要な資質」を思い出すのだった(第7回)

横柄な客

「ちょっと、いいかな」

急に大きな声がファーストクラスに響いた。それは金縁メガネの男だった。その声には、明らかに不快感が滲(にじ)んでいた。

すかさずケイコが男の元に駆けつけた。

「あんた、今日は何の日か知っているの?」

怒りからか、男の声は微妙に震えていた。一瞬、ケイコは狼狽したが、すぐに男の言いたいことがわかった。

今日はその男、大須賀の45回目の誕生日だったのだ。そういえば、チェックインカウンターで、そのことをしきりに口にしていた。

(しまった!)

そう思ったが遅かった。

ファーストクラスの客の中には、誕生日に乗れば、当然高級シャンペンと料理で祝ってもらえる、と信じている客がいる。エコノミーとは比較にならない高いノーマル料金を払っているのだから、特別なサービスを受けるのは当然だ、と思っているのだ。

「がっかりしたよ。ねえ君、機長に僕からのメッセージを伝えてくれないかな」

「どのようなご用件でしょうか」

ケイコは、手強いクレーマーと化した大須賀の次の言葉を待った。

「今日はね、僕の誕生日なんだ。君の失礼な接客のせいで、ファーストの客を1人失ったとね。おい、聞いてるのか」

ファーストクラスの空間が凍りついた。


前方に座る安田は、いつの間にかたぬき寝入りを決めている。

マヤの体は、恐ろしさのあまりガタガタと震えだした。

だが、怒鳴りつけられた当のケイコは冷静だった。

あまりに子供じみたクレームとはいえ、初めての経験ではないからだ。

「かしこまりました。機長に伝えます」

そう言い残して、ケイコが立ち去ろうとしたときだった。西園寺がワイングラスを持って立ち上がり、大須賀に向かってこう言った。

「今日は君の誕生日なんだね」

「あなたには関係のないことです」

大須賀は不愉快そうに言った。

「確かに君の誕生日など、僕には関係ない話だ。僕はこれからモーツァルトのディベルティメント(多楽章の室内楽曲)でも聴きながらひと眠りしようと思っていたのだが、君の大声ですっかりその気が失せてしまったよ」

「それは失礼しました」

大須賀はぶっきらぼうに答えた。だが、西園寺は逃がさなかった。

「君は子供のように、誕生日を祝ってくれないことに腹を立てている。そして、ファーストの客という優位な立場を利用して、キャビンアテンダントに暴言を吐いた。恥ずかしくないのかね」

西園寺は、大須賀の顔をしげしげと見た。

「待てよ。以前、君と会ったことがある」

大須賀もまた西園寺をじっと見た。彼もまた、西園寺が誰か気づいたようだった。

「西周の西園寺会長ですか」

「やはり君だったか。以前、君の会社に依頼したコンサルティングの結果は、それはひどいものだった。そのとき、君はロンドン出張でファーストの料金を請求してきたそうだね。経理の者が憤慨していた」

大須賀は、塩をかけられたナメクジのように見る見るうちにしぼみ、それっきり黙り込んだ。


体を強張らせて2人のやりとりを見ていたマヤに、立ったままの西園寺は、背を丸めて小声で話しかけた。

「あの2人の未来は、バラ色ではなさそうだね」

「2人? 安田さんとあの男性のことですか。どうしてわかるんですか」

すると、西園寺は自信たっぷりに答えた。

「生きていくうえでもっとも大切なのは『真摯さ』なんだ。彼らにはそれがない」

西園寺は、分厚い革のシステム手帳を広げ、そこに書き込んだドラッカーの一節を読み上げた。


JFK空港での別れ

飛行機は定刻にニューヨークのジョン・F・ケネディ空港に着陸した。

出口には乗客を見送るケイコ、そしてとなりには機長らしい長身の男が立っていた。

最初に機長が大須賀にサービスのいたらなさを深くわびて、誕生日プレゼントと思しき包みを手渡した。

「今後ともどうぞ弊社をご愛顧ください」

ケイコは深く頭を下げた。大須賀は気まずそうにプレゼントを受けとると、逃げるようにしてパスポートコントロール(出入国審査)へと走りだした。

次に機長があいさつしたのは安田だった。安田は機長ではなく、ケイコに小声で聞いた。

「なぜあの人が西周の会長と教えてくれなかったんだい? おかげで恥をかいたよ」

「申し訳ございません。個人情報ですから。もっとも、西園寺会長はそんなことは気になさらないと思います」


3番目は、マヤだった。

マヤは搭乗したときとは打って変わって、晴れやかな表情でケイコに別れを告げた。

「本当にすばらしい体験でした。ケイコさん、アップグレードしてくれて、ありがとうございました。皆様にもよろしくお伝えください」

マヤは深々と頭を下げた。

そんなマヤを見て、ケイコはこの仕事についてよかったと思った。アップグレードは、たまたまそうなっただけのことだ。だがマヤにとって、この13時間はファーストクラスに乗れた以上の、特別な体験であったことは確かだろう。ケイコは、そう思わずにはいられなかった。


最後は、西園寺だった。

「楽しかったよ」

「先生には大変お世話になりました」

キャビンアテンダントの言葉として、不自然なのはわかっていたが、ケイコは心からそう感じていた。その姿を、となりに立つ機長は不思議そうに眺めた。

西園寺は、手を振って答えた。

「礼には及ばんよ。それにしても今回のフライトは特別楽しかった。ケイコさん、それより一つ言いたいことがある」

ケイコが思わず身構えると、西園寺は実に真面目な顔で続けた。

「あの2人の客のことだ。クセのある客だが、2人ともファーストクラスに夢を抱いている。ファーストに乗ることが彼らの仕事の原動力なんだ。遠からず、真摯さの重要さに気づくと思う。それを君は十分承知して対応した。君の見事なもてなしに、僕は正直言って感動した。それを伝えたくてね」

そう言うと、西園寺は手に持った帽子をかぶった。

「今度はいつお会いできますでしょうか」

ケイコは、また忘れられないフライトが一つ増えた気がした。

「君の搭乗の日を教えてくれれば、僕はその日に海外出張を入れよう。もっとも、秘書に気づかれたら、この計画はおしまいだけどね」

そう言い残して、西園寺は歩きだした。



林 總

カテゴリ:スキルUP

【著者紹介】林 總(はやし・あつむ)
公認会計士、税理士、明治大学大学院特任教授(管理会計)。外資系会計事務所、監査法人勤務を経て独立。現在、経営コンサルティング、会計システムの設計・導入指導、講演活動を行っている。ベストセラー『ドラッカーと会計の話をしよう』(KADOKAWA)ほか著書多数。

【書籍紹介】『ドラッカーと生産性の話をしよう』(KADOKAWA)

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