スキルUP

努力する天才・三浦皇成が札幌競馬場での復帰にこだわった訳/泣ける競馬④

誰も書かなかった“ホースマン”たちの感動秘話! 競馬のすべてを取材してきた平松さとし氏の著書『泣ける競馬』より、騎手、調教師、馬主などなど……競馬に深く関わるホースマンたちの感動エピソードをご紹介します(第4回)。

三浦皇成が復帰戦でこだわったこと

1989年12月19日生まれの三浦皇成。5歳のときに大井競馬場でポニーに乗ったのを機に、騎手を目指すようになった。

「幼少時は剣道、水泳、器械体操と、将来ジョッキーになったときに役立つと思えるスポーツに励みました」

2008年3月にデビューを果たすと、瞬(またた)く間にスターへの階段を駆け上がった。デビュー3戦目での特別競走で初勝利。4月には新人騎手としては史上初となる1日全12レース騎乗。8月には早くも重賞初制覇。そして10月には70勝目を挙げ、それまで武豊が持っていた新人年間最多勝記録を更新すると、その勝ち鞍を実に91まで伸ばしてみせた。もちろんこれは未だに破られていないJRA記録である。

翌09年2月7日には史上最速でのJRA通算100勝を達成。同年の夏にはイギリスへ遠征し、初騎乗初勝利を挙げると、すぐに2勝目もマーク。翌年は約2カ月に及ぶ長期のイギリス遠征も積極的に行なった。

まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった彼に、少しの陰りが見られたのが10年の頭のこと。

多頭数の落馬を誘発し、騎乗停止となると、処分が明けてすぐに再度、騎乗停止。それまでの勢いがすごかっただけに、てのひらを返したようにバッシングされ、騎乗依頼もガクッと減った。当然、勝ち鞍も減り、デビュー当初「天才」と持てはやされたジョッキーはいつしか「普通の騎手」として扱われるようになり、露出度も減っていった。

骨盤と、肋骨を9本も折る大怪我……

しかし、三浦皇成は決して努力を怠っていたわけではなかった。以前ほど注目されなくなってはいたが、毎日、自分なりに乗り方を考え、海外遠征も視野に入れる思考も捨てていなかった。デビュー3年目には46まで減った年間の勝利数も回復。減量のあったデビュー年ほどは勝てないものの、毎年70前後は勝てるようになっていた。

それでも2016年は再び苦しんだ。年頭からなかなか成績が伸びず、2月を終えた時点では4勝のみ。当時の心境を次のように語る。

「騎乗フォームとかそういうことは常に考えています。でも、これだけ成績が凹んだことで、抜本的にもう1度、見直してみようと考えられるようになりました」

これが正解だった。先輩騎手に助言を求めつつ、騎乗フォームを試行錯誤していくうち、徐々に勝ち鞍が増えた。6月には8勝した。7月にはレヴァンテライオンに騎乗して函館2歳ステークスを優勝するなど、またしても8勝を挙げた。

そして迎えた8月14日。この日のメインレース・エルムステークスで騎乗する予定だったのはモンドクラッセ。ファンは調子を上げてきた三浦と同馬のコンビを1番人気に支持していた。

「直前の大沼ステークスをむちゃくちゃ強い勝ち方をしていたので、当然、チャンスだと思い、期待していました」

しかし、結果的に彼はこのレースに乗れなくなるのだ。そのレースの4レース前に行なわれた3歳以上500万下の条件戦。ダート1700メートルのこのレースで彼がコンビを組んだのは、モンドクラッセの弟・モンドクラフト。1番人気に応えるように勇躍直線コースを向いたとき、悲劇が起きた。

「ボキッという音が聞こえてバランスを崩すのが分かりました」

落馬して馬場に転がる彼に後続馬が衝突した。

「ぶつかったときの衝撃はすごかったです。その後は息苦しくなったのを覚えています」

後に骨盤を骨折し、肋骨も9本が折れ、そのうち3本が肺に突き刺さる重傷であることが判明する。しかし、彼がそれだけの重傷であることを知ったのは救急車が手配されてからだった。

病院へ移動するまでの少しの振動でさえ痛みが走った。相変わらず呼吸は困難だった。病院に運ばれるや、全身にチューブが刺された。下半身は感覚がなかった。そして、診断した医師からのひと言で、初めて自らの状態を客観的に見ることができた。

「『命があって良かった。歩けるように手術していきましょう』って言われて、あぁ、これはすごい怪我をしてしまったんだなって分かりました」

折れそうになった心を支えた妻の言葉

4日後の18日に最初の手術。1週間後に2度目、さらにその2日後に3度目と、立て続けに施術された。途中、耐えられないほどの痛みに襲われることもあった。自分の状況に関係なく、毎週、普通に行なわれている競馬を観ると、いたたまれなくなった。

「自分なんかいなくても関係ない小さな存在だと感じて、まともに競馬を観ることができませんでした」

北海道から家の近くの茨城の病院に移るだけで1カ月を要した。その後も日がな一日病室で寝ているだけの入院生活が続いた。やがて車椅子ながらリハビリ室へ行けるようになったものの、はやる気持ちの三浦からすれば、まるでカタツムリの歩みのような自らの回復の遅さを恨めしく感じた。

さらに決定的なことが起きた。松葉杖を渡され、それを実際に使おうとすると……。

「足が震えてうまく立てませんでした。さすがにこのときは初めて弱音を吐きました。だって、立てないんですよ。騎手復帰どころか普通の生活さえできるようにならないんじゃないか? って不安になりました」

そんな三浦を支えてくれたのが、妻のほしのあきだった。

「『皇成なら大丈夫。やるだけやってダメなら仕方ないじゃん』って言われ、まだ何もやらないうちから弱音を吐いていてはダメだと考えを改めました」


さらにお見舞いに来てくれる知人や手紙を寄越してくれたファンからの言葉にも励まされた。

1年間の休養中に5回の手術を行ない、両松葉杖をついても歩けないという状態から、リハビリを重ね、やがて片松葉杖、そして松葉杖なしでも普通に歩けるまでに回復。その後は、毎日、ジムへ通い、落ちる前に戻すのではなく、以前よりも鍛えられた状態にした。

2017年7月14日。美浦トレセン内の乗馬苑で、あの悪夢後、初めて馬に跨(また)がった。さらに4日後には北馬場で調教に騎乗。誰も三浦のことを忘れてはいなかった。彼を見かけた人は口々に「戻ってきたか」「大丈夫か?」と声をかけてきた。

「やっといつもの生活が戻ってきたという気がしました」

復帰に際し、彼がこだわることがひとつあった。それは……。

「復帰戦は、落ちた札幌競馬場にすること。これだけはこだわりました」

大好きな競馬場が、このままでは最悪の思い出を抱えたままになってしまう。それだけは避けたかった。

だから、復帰場所を札幌競馬場にすることだけにはこだわった。

あれからちょうど1年後の17年8月12日。

皇成の、止まったままになっていた時計が、ようやく動き出した。

怪我から復帰し、笑顔で花束を受け取る三浦皇成
怪我から復帰し、笑顔で花束を受け取る三浦皇成




平松 さとし

カテゴリ:スキルUP

【著者紹介】平松 さとし(ひらまつ・さとし)
日本大学農獣医学部中退後、専門紙「ケイシュウNEWS」でトラックマンからフリーに。92年ドクターデヴィアスの勝った英国ダービーが海外初G1生観戦。以降、日本馬の遠征を中心に海外取材を行なう。武豊騎手をはじめ、競馬関係者の信頼も厚い。『クリストフ・ルメール 挑戦』(KADOKAWA)など著書多数。

【書籍紹介】『泣ける競馬』(KADOKAWA)

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