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噂を味方に天下取り! 北条義時の巧みな陰謀/世渡りの日本史(10)

彼らは誰を謀ったのか、何に謀られたのか……? 東大教授にして史料編纂のプロ・本郷和人氏の著書「世渡りの日本史 苛烈なビジネスシーンでこそ役立つ「生き残り」戦略」より、日本史の闇に隠れた“権謀の歴史”からビジネスのヒントを読み解きます(第10回)。

【前回のあらすじ】
武蔵国欲しさに娘婿の畠山重忠を殺した北条時政。しかし、明らかに無実の重忠を殺したことにより、不信の声が上がるようになりました。そこで時政は稲毛重成・榛谷重朝(はんがやしげとも)兄弟に騙されたと罪をなすりつけ、この兄弟も殺してしまいます。この稲毛重成は重忠亡き後、武蔵国随一の武士団を「秩父党」の代表の地位を継ぐ人物で、これまた時政の娘婿だったのです。

父親に政治的な死をつきつける

ここで、とうとう義時(北条時政の子)は父親を失脚させるべく動き始めます。

まずは、「父親の時政は、三代将軍の実朝に替えて、自分の娘婿である平賀朝雅を将軍にしようとしている」という噂を流します。朝雅は、先述したように、初代武蔵守・平賀義信の子供で、時政が寵愛する牧の方の生んだ娘の夫。時政が北条に取り込んだ人間です。

いくら北条の権勢が強いからといっても、将軍の座を奪うというのは言語道断。まさしく謀反です。義時は一気に時政のもとに攻め込み、まずは実朝の身柄を確保します。このときばかりは実朝の母である政子も義時について、実朝を守ります。そして、義時は時政に詰め寄る……、勝負ありです。

ですが、義時は時政を手にかけることはできません。父親殺しというのは、とてつもない重罪です。結局、時政は、静岡・修善寺の少し手前にある北条の本拠地に幽閉されます。命はあっても、政治的には死んだも同然。また、京都にいた平賀朝雅のところにも追っ手が行き、朝雅も討たれます。

さて、これでおしまい……とはなりません。この結末には、疑念が残るところがあります。そして、それこそが〝真の陰謀〟とも言えるのです。

時政の命令で畠山重忠を討った義時は、『吾妻鏡』の記述によると、「本当は重忠を殺したくなかったんだ」ということになっていますが、果たして本当か――。

義時は、時政の命は奪っていないけれど、僻地に幽閉して、自由や権利や権力はすべて奪いました。子が親にすることとして、当時としては許されることではありません。家の恥ともいわれるくらいのことです。

『吾妻鏡』というのは幕府の正式な歴史書で、言ってみれば北条氏がどれだけがんばってきたか、どれだけすごかったかを描いたものです。その、栄光ある北条氏の物語が「父親殺し」から始まってはならない。でも時政は、義時に殺されたも同然。だから、北条時政は、極悪人でなくてはならないわけです。

とんでもなく悪い人間だったから、息子の義時さんにやられちゃってもやむをえないですよね、という物語に仕立てなくてはならない。

そのために、時政が無実なのに殺してしまった畠山重忠を、ものすごくいい人として持ち上げたのではないでしょうか。「こんなにすばらしい畠山さん」がくっきりすればするほど、「濡れ衣を着せて殺した時政」の残虐さが際立ってくるのです。

なぜそう考えられるかというと、『吾妻鏡』では異常なくらい畠山重忠を誉めちぎっているのです。

典型的なのが、後の『曽我物語』です。

源頼朝が、流罪に遭った先である娘と恋仲になり、その父親の逆鱗に触れたという話を覚えているでしょうか? その父親・伊東祐親には、河津祐泰という跡取り息子がいました。この河津祐泰が、一族の財産争いの果てに工藤祐経に殺されます。

祐泰には妻と二人の男の子がいたのですが、祐泰の死後、妻は子供たちを連れて曽我という家に後妻に入ります。この子供たちが曽我兄弟。『曽我物語』は、曽我兄弟が父の仇である工藤祐経を討つ話なのです。

頼朝にとって曽我兄弟は、愛した女性との仲を裂き、その女性となした子を殺し、自分まで殺そうとした男の孫なので、恨みをもつべき存在です。私たちが普通に読む『曽我物語』では、兄弟はまだ子供だから命を助けてやってほしいと、有力武士たちが頼朝に懇願しにきます。

最初に出てきたのが、梶原景時。ここでは悪役ではありません。次に和田義盛。次々に武士が出てきて、最後に満を持して登場するのが畠山重忠です。重忠は、「私の功績とひきかえに、子供たちを助けてあげてください」と言うと、頼朝が「お前が言うんじゃ、しょうがないな」と言って助けてくれる。

その後も、陰になり日向になり、重忠は曽我兄弟を助けます。そして最後には、畠山重忠が助けてくれたから曽我兄弟は仇が討てました、という形で終わっている。

ところが、おもしろいことに、古いバージョンの『曽我物語』には畠山重忠は出てきません。頼朝に「私の首をとってもいいから、兄弟を助けてください」と言うのは、兄弟の養父である曽我祐信なのです。

ここでわかるのは、どこかの段階で畠山重忠が物語に入ってきたということです。それはどうやら、『吾妻鏡』で「畠山は善人」ということになっていたから、後付けで畠山の物語になったのではないかと考えられるのです。

これらを考え合わせると、義時は「クロ」でしょう。

そもそも、時政が武蔵国を手にしようと動いたことが発端だったわけですが、すべて終わってみたら、武蔵国の守護になったのは、義時に忠実な北条時房。そして義時は、幕府の政治をつかさどる「政所」の長官に就任し、執権を名乗ります。軍事をつかさどる「侍所」の長官は和田義盛だったのですが、結局和田義盛も滅ぼして、侍所の長官も義時が兼務します。

こうして北条氏は一層権勢を増し、義時が大きな権力を握って「北条初代」といわれるようになるのです。

ここまで見てくると、陰謀という点では、残虐を極めた時政よりも義時のほうが一枚上手という感じがしてきます。

◇ ◇ ◇

風評は時に事実すら変えてしまう



本郷 和人

カテゴリ:スキルUP

【著者紹介】本郷 和人(ほんごう・かずと)
東京大学史料編纂所教授、博士(文学)。1960年、東京都生まれ。東京大学・同大学院で日本中世史を学ぶ。専攻は中世政治史と古文書学。著書に『戦国武将の明暗』(新潮社)、『日本史のツボ』(文藝春秋)、『東大教授がおしえるやばい日本史』(ダイヤモンド社)など多数。

【書籍紹介】『世渡りの日本史 苛烈なビジネスシーンでこそ役立つ「生き残り」戦略』(KADOKAWA)

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