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多くの人が誤解している!「生産性」の真の意味/ドラッカーと生産性⑧

管理会計のプロ・林總著『ドラッカーと生産性の話をしよう』より、「生産性」が持つ“真の意味”をストーリー形式で解説します。西園寺の泊まるKホテルに約束どおり来た安田とマヤ。そこで西園寺による「人の生産性向上」のレクチャーが始まる(第8回)。

~ここまでのあらすじ
他人のアドバイスに耳を傾けない、傲慢な青年実業家だった安田。しかし、3年後に西園寺が再会した安田は、彼が経営する会社ピスコを傾かせ、自殺を考えるほど追いつめられていた。一方、同じタイミングで西園寺と知り合った若い女性・マヤは、安田の会社に就職し、同僚のバーバラと力を合わせてニューヨーク店を切り盛りしていた。

安田にアドバイスを求められた西園寺は、マヤの店を例に出しながら、ピスコ再生のヒントを2人にレクチャーしていく……。

人の生産性とは

西園寺の常宿である日系のKホテルは、パークアベニューの閑静な場所にあった。アールデコ風のシティホテルで、規模は小さいものの気品が感じられた。

ここからグランドセントラル駅へは徒歩で5分、エンパイア・ステート・ビルディングは徒歩9分、ニューヨーク近代美術館も徒歩圏内だ。

西園寺がこのホテルを気に入っているのは、客のほとんどが日本人で、朝食で「ミソスープ」のメニューをオーダーすれば、本格的な焼き魚と、ほかほかのご飯と、みそ汁が食べられるからだ。西園寺は年を重ねるごとに、朝食は和食に限るという思いを強くしていた。

西園寺は、8時に食事を済ませてロビーに移動する。

すると、そこにはすでに安田とマヤがソファに座って待機していた。西園寺を見つけた安田は右足をさすりながら立ち上がった。西園寺はそれを手で制した。

「まあまあ座ったままで。足の状態はどうだね」

「看護師をしているバーバラの母親から、患部を冷やすようにと電話をもらいました。おかげさまでだいぶよくなりました」

よく見ると、腫れはずいぶんと治まっているようだった。

「それはよかった。ところでバーバラは今日は来ないのかね」

「店を閉めたままにするわけにはいきませんから」

マヤは、少し残念そうに答えた。今後のことを思うと、ぜひバーバラにも同席してほしかったが、代わりがいない以上、どうすることもできなかったのだ。

3人がそろい、西園寺が予約したミーティングルームに移ると、さっそく、「人の生産性向上」のレクチャーが始まった。

「同じ生産要素でも、人の生産性はカネやモノと違ってはるかに複雑だ」

西園寺は、備えつけのホワイトボードに「肉体労働と知識労働」と書いた。

そして、マヤにこんな質問を投げた。

「組織とは何だね」

「人の集団、でしょうか」

「その通り。君には経営のセンスがあるね」

マヤはうれしそうに微笑んだ。

「ドラッカーは君と同じことを言っているんだ」

西園寺は、ドラッカーの言葉を引用した。

「人の生産性を語る場合、労働者には肉体労働者と知識労働者がいて、それぞれの労働生産性の意味が異なるという事を頭に入れておく必要がある」

肉体労働生産性とは

西園寺は肉体労働の生産性からレクチャーを始めた。

肉体労働とは、一連の作業を個々の動作に分解し、再度まとめ上げることができる作業、つまり、プログラミングできる作業のことだ。

したがって、運んだり、作ったり、レジを打つといった単純作業だけを指すのではなく、複雑な労働であっても、作業を個別の動作に分解でき、作業手順として整理できれば、それは肉体労働に分類されるのだ。

例えば、工場の精密部品の組み立て、裁断や縫製などは作業手順が決まっているから、素人でも一定期間トレーニングを積めばベテランと同じ作業ができるようになる。仕事に慣れてくれば、作業時間は短くなり、生産量は増え、生産性は向上する。

つまり、肉体労働の生産性は、もっぱら量を問題にする。

「では、具体的に肉体労働の生産性を見ていこう」

西園寺は、アパレル会社の例を挙げた。

「縫製メーカーの従業員の生産性を考えてみよう(下図)。すべての工程を手作業で行った場合、1時間で1枚しか生産できないとする。ところが、ミシンを使えば5枚生産できるようになる。つまり、ミシンを使うことで人の生産性は、1枚から5枚へと5倍になったわけだ。

会計を使えば、生産性は次のように表現できる。すなわち、服1枚当たりの売価を2000円、材料代を500円とした場合の会社が付与した価値は、売価から材料代を差し引いた1500円(限界利益)だ。手作業の1時間当たりの付加価値は1500円であったのに対して、ミシンを導入したことで肉体労働生産性は5倍の7500円に増えた、という具合にね」

じっと耳を傾けていたマヤが口を開いた。

「それは、縫製作業という肉体労働を高性能の機械作業に置き換えることで、人の生産性が大幅に向上した、ということですか」

「その通り。注意してほしいのは、高性能のミシンを導入して縫製作業の成果を上げるには、ミシンを生産ラインに組み込む『知識』を持つ知識労働者が必要ということだ。

ここで、労働者には肉体労働者と知識労働者の2種類がある、という話になってくる。一方はミシンを使って生産している肉体労働者、そしてもう一方は機械を使った生産ラインを実現した知識労働者だ。君の会社で機械装置によって肉体労働の生産性が向上した例には、どんなものがあるかな?」

安田は運搬、商品在庫管理、パターン(型紙)作成を挙げた。どれも人が行っていた作業にフォークリフトや自動倉庫、そしてCAD(コンピューター利用設計システム)を導入したことで、生産性は飛躍的に向上した。中でも衝撃的だったのはCADを初めて入れたときだった。

「以前はデザイン画からパターンを起こしていました。だから、同じデザインでもサイズが異なれば、何枚も作らなくてはならなかったんです。でも、CADを導入したことで、サイズ違いのパターンは自動でできるようになりました」

肉体労働生産性を上げる方法

「機械を入れると、なぜ生産性が向上するのですか」

聞いたのはマヤだった。感覚としてはわからないわけではなかった。だが、それがどのような理屈で人の生産性を高めるのかが、よく理解できないのだ。

「肉体労働生産性は、1人当たりの付加価値(売上高-材料費=限界利益)で測定される」

そう言って、西園寺はホワイトボードに左のような式を書いた(下図)。

「右辺の2つの分数の分母と分子に『機械設備額』を挿入すると、それぞれは機械設備生産性と、肉体労働者1人当たりの機械設備額である労働装備率になる。肉体労働生産性とは、両者を掛けた金額に分解できるわけだ」

西園寺は続けた。

「つまり、生産性の高い機械設備を導入し、労働者数を減らして労働装備率を高めれば、肉体労働生産性は向上する、ということだ。産業革命以来、機械設備投資によって肉体労働生産性は高くなり、1人当たりの給与は増え続けてきた。そしていまや、機械に仕事を奪われはしないかと心配するほどになった」


西園寺は水をひと口飲み、話を続けた。

「ところが、機械との競争が起こるのは、肉体労働者に限ったことなのだ。以前話した総合病院の設備投資で指摘したように、最新鋭の医療機器を導入しても、労働生産性は高まらない。なぜなんだろうね?」

西園寺は2人に問いかけた。

安田には思い当たる出来事があった。


──2年前のことだ。

業績の低迷を食い止めるために、すべての業務システムと会計システムを統合させるべきだと、銀行から出向してきた経理部長の指摘を受け、ERP(統合管理システム)導入の決断を迫られた。1億円近い情報システム投資に安田が迷っていると、経理部長はこう断言した。

「コンピューターシステムが軌道に乗れば、この程度の借り入れはすぐにペイしますよ」

安田は言われるがままにERPの導入を決め、情報システム会社と契約を結んだ。

その後、プロジェクトが立ち上がったものの、1年たってもERPは動かなかった。そこで、当初予定した機能を半分に削り、ようやく動いたのはそれから半年後だった。

ところが、減少するはずの従業員数はむしろ増え、ピスコの赤字は逆に増えた。

結局、この失敗が経営危機の引き金となって、経営はますます悪化したのだった。

◇ ◆ ◇

時計の針が10時を指した。

「コーヒーブレークにしよう」

会議室のドアが開き、西園寺が注文しておいたコーヒーと甘いクッキーが運ばれてきた。西園寺は温かいコーヒーをゆっくり味わった。だが、安田とマヤは、どちらも口にすることなく、黙ったまま労働生産性の意味を考え続けた。

間もなくして、レクチャーが再開した。


「安田君、君のその経験は決して無駄ではない。むしろ、今後のピスコの経営に大いに参考になるだろう。君は1億円近いシステム開発投資をした。推進者の経理部長から、生産性が向上してコストは大幅に減少すると説得され、うのみにした。ところが、結果は逆だった。そのときからずっとだまされたのだと思い込んでいる。違うかな」

「その通りです。でも、先生から設備投資をしただけでは知識労働生産性は向上しないと教わり、原因は他にあるのでは、と考えています」

安田は正直に答えて、冷めかかったコーヒーをひと口飲んだ。

「そもそもコンピューターシステムを導入しただけでは知識労働生産性は向上しないのだよ。この点の理解こそがピスコを蘇(よみがえ)らせるカギになるのだ」

(どういうことなんだ? いや、そもそも知識労働とは何だろう?)

安田は、西園寺の次の言葉を待った。

「知識労働生産性の向上が、21世紀の競争に勝ち残る絶対条件であることを理解しなければならない」

西園寺は皿に盛られたクッキーをつかんで口に入れた。

マヤが、たまりかねたように口を開いた。

「私のような直営店の店員は、肉体労働者でしょうか」

西園寺は首を大きく左右に振った。

「君は立派な知識労働者だよ」

店員なのに? それは意外な回答だった。

林 總

カテゴリ:スキルUP
【著者紹介】林 總(はやし・あつむ)
公認会計士、税理士、明治大学大学院特任教授(管理会計)。外資系会計事務所、監査法人勤務を経て独立。現在、経営コンサルティング、会計システムの設計・導入指導、講演活動を行っている。ベストセラー『ドラッカーと会計の話をしよう』(KADOKAWA)ほか著書多数。

【書籍紹介】『ドラッカーと生産性の話をしよう』(KADOKAWA)

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