スキルUP

心が疲れたらこの1冊!人間の本質を説く名著に癒されろ/本の使い方(7)

本を読むときは、1行たりとも読み飛ばしてはいけない。稀代の読書家である出口治明氏の著書『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』より、本を選び、読み、活かすにはどうすればいいかを深く、やさしく解説します(最終回)。

「心を落ち着けたい」ときに読む本

・『ハドリアヌス帝の回想』(マルグリット・ユルスナール・著 多田智満子・訳 白水社)

「無人島に1冊だけ本を持っていくとしたら」と聞かれたら、僕は迷わず、この『ハドリアヌス帝の回想』をあげるでしょう。

僕はこれまで、おそらく1万冊以上の本を読んできましたが、まだこの本を超える本に出会ったことはありません。間違いなく、ナンバーワンと言える作品です。

第14代ローマ皇帝ハドリアヌスは、ローマの五賢帝のひとり。この本は、ハドリアヌスが老境に入り、義理の孫(マルクス・アウレリウス・アントニヌス)に向けて書いた手紙の形式を取っています。

全編にわたって、「人間とはどういう存在であるか」について深く切り込んでいて、僕はとくに、「わたしが大多数の人間よりすぐれていると感じる点はただ一つしかない。(彼ら以上に)自由で、同時に従順である点である」と語る場面が好きです。人間にとって、素直さ、実直さ、誠実さが美徳であることを教えてくれます。

僕は、どの本も一期一会のつもりで読んでいますから、同じ本を繰り返して読むことはそれほど多くありません。ただ、この本だけは違います。これまでに何回も、最初から最後まで精読しています。

この本には、クライマックスと呼べる部分がなく、どのページを開いても、深い洞察に溢れた文章に出会うことができます。詩人である訳者、多田智満子の文章も実に美しい。適当に開いたページを少し読むだけでも、気持ちが落ち着きます。


非常に読み応えがあるため、表面的に字面を追うだけでは、この本を理解することはできないでしょう。手っ取り早く気づきを教えてくれる本ではありません。でも、きちんと座って、「さぁ、読むぞ」と覚悟を決めてぶつかれば、古典の難しさも、素晴らしさも、存分に味わえると思います。人間を知るうえで、これほど役に立つ本はありません。


・『いじわるばあさん』(長谷川町子・著 姉妹社)

僕は、マンガもよく読みます。昔読んだマンガでは、手塚治虫の『どろろ』や横山光輝の『伊賀の影丸』、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』、ちばてつやの『あしたのジョー』などが印象に残っています。

最近では、みなもと太郎の『風雲児たち』や『キングダム』にも惹かれました。マンガの中にも、人間をよく描いた名作があり、なかでも『いじわるばあさん』は、ありのままの人間の姿を描いた傑作だと思います。人間の内面を普遍的に語っている点で、『ハドリアヌス帝の回想』にも引けを取らない作品です。

1992年、僕がロンドンに赴任することになったとき、「せっかくロンドンに住むのだから、日本語の本を持っていくのはやめよう」と考えていたのですが、例外として荷物に入れたのが、『いじわるばあさん』と『よりぬきサザエさん』でした。海外での不慣れな生活で心が疲れたら、伊知割石(いじわるいし)(主人公)に癒やしてもらおうと思ったのです。

『いじわるばあさん』には、人情の裏表とほろ苦さ、人間のしたたかさとだらしなさが、等身大で描かれています。日常生活の中に潜む人間の本性を、ときに辛らつに、ときにクールに、ときに温かく、ときにユーモラスに提示しています。

伊知割石を見ていると、いじわるの裏側には、「かまってほしい」という人間の弱さが潜んでいることがうかがえます。心底いじわるな人間などいない。そう思えるからこそ、僕は『いじわるばあさん』に癒やされるのです。


・『預言者』(カリール・ジブラン・著 佐久間彪・訳 至光社)

レバノン出身の詩人・哲学者・画家である著者が、愛、労働、喜びと悲しみ、友情といった人間に普遍的なテーマを取り上げ、とても美しい言葉で語りかけてきます。

「愛は愛自身のほか何も与えることなく、愛自らしか受けることがない」など、丁寧に磨かれた言葉は、こんなにも美しいものなのか、と清冽(せいれつ)な感動を受けること間違いなしです。

『道しるべ』(ダグ・ハマーショルド・著 鵜飼信成・訳 みすず書房)も『預言者』とよく似た意味で癒やされます。最近、友人からもらって再読し、学生時代に愛読した当時の感情がそのままよみがえってきました。デスクに置いて、時々、何ページか拾い読みしていました。『須賀敦子全集』も同様で、どの作品にもハズレがなく、すべてが清冽で、ページをめくる度、心が落ち着きます。

「人間の原始の感情」について考えるための本

・『ギルガメシュ叙事詩』(月本昭男・訳 岩波書店)

最後に、とっておきの本、世界でいちばん古い本を紹介しましょう。

『ギルガメシュ叙事詩』は、古代メソポタミアの文学です。楔形文字で破片(粘土板)に残されていた、世界最古の物語と言われています。

現在知られている形にまとめられたのは紀元前7世紀ですが、紀元前2000年ごろから、断片的に書き記されていたと考えられています。

あらすじを簡単に紹介しましょう。

シュメールの都市国家ウルクの王、ギルガメシュは、半神半人(3分の2が神で、3分の1が人間)です。優秀ではあるものの乱暴者であったため、神さまは、彼の競争相手として、粘土からエンキドゥという英雄をつくり出します。

エンキドゥの力を怖れたギルガメシュは、「女性を送り込めば、骨抜きになるかも」と考え、女性を遣わせます。作戦は見事に成功。この女性と1週間を過ごし、力が弱くなったエンキドゥは、ギルガメシュを圧倒することができません。2人の力比べは決着がつかず、やがて2人は親友となって、レバノン杉の森に出かけるなど、さまざまな冒険を繰り広げます。

ギルガメシュは、エンキドゥのおかげで、「オレと同じぐらい強いヤツがいるのだな」と身の程を知って、立派な王さまに生まれ変わりました。その姿に恋をしたのが、美の女神イシュタルです。

イシュタルは、「なかなかいい男だね。私の旦那になりなさい」と求婚をします。

ところが、ギルガメシュは、「いやだ。オレはこの国の王さまだし、忙しい。人民もいるし、エンキドゥという親友もいる。おまえと夫婦になって、天に昇って、遊んでいる暇はない」と言って、女神の求婚を断りました。

立つ瀬がないイシュタルは、「人間の分際で私をふるとは許せない」と怒り心頭に発し、なんと、親友のエンキドゥを殺してしまうのです。

ひとりになったギルガメシュは、「人間は、死すべき運命にあるのだな。それはいやだな」と怯え、不老長寿の薬を見つける冒険に出ます。苦難を乗り越え、大洪水を生き延びたウトナピシュティムに会って不死の薬草を見つけることができましたが、結局は、帰路で蛇(イシュタル)に薬草を食べられてしまいます。


男性は女性によってコントロールされること。何よりも友情が尊いこと。自然と人間はときに対立すること。教育によって人は成長することなど、現代にも当てはまる人間の本質が、4000年前にはすでに記されていたことに驚かされます。人間の感情も、喜怒哀楽も、行動も、いつの時代も変わらないのです。

なお、この優れた物語は、ルドミラ・ゼーマンが子ども向けに3分冊の大型絵本(『ギルガメシュ王ものがたり』など)に仕立てています。よかったらお子様にも是非。



出口 治明

カテゴリ:スキルUP

【著者紹介】出口 治明(でぐち・はるあき)
APU(立命館アジア太平洋大学)学長。京都大学法学部を卒業後、日本生命保険相互会社入社。退職後にネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。ライフネット生命を開業し、東証マザーズ上場。『座右の書『貞観政要』 中国古典に学ぶ「世界最高のリーダー論」』(KADOKAWA)など著書多数。

【書籍紹介】『本の「使い方」1万冊を血肉にした方法』(KADOKAWA)

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