朗読会

ノーベル文学賞作家の名作を耳と脳で楽しむ、「朗読と語らいの会」

ノーベル文学賞作家の名作を耳と脳で楽しむ、「朗読と語らいの会」
KADOKAWA SEMINAR(C)

 KADOKAWAセミナーでは、グリュックの代表作『野生のアイリス』を、本書の翻訳者であり詩人の野中美峰さんが朗読、解説するイベント「『野生のアイリス』朗読と語らいの会」を先月29日に開催。受講者とともにグリュックの詩の世界を味わった。

受講者からの的を射た質問の数々に共感しながら回答する野中さん
受講者からの的を射た質問の数々に共感しながら回答する野中さんKADOKAWA SEMINAR(C)

 ルイーズ・グリュックをご存じだろうか。2020年ノーベル文学賞を受賞した、現代アメリカを代表する詩人である。個人的な体験や心の声を、エデンの園を思わせる花や庭のメタファーに込めて表現する作風は、国境や文化の垣根を超えて称賛されているが、残念ながら日本ではまだあまり知られていない。

読めば読むほど際立つ、厳選された言葉選び

 野中さんが『野生のアイリス』と出会ったのは大学院生の頃。詩の創作に行き詰まっていたとき、詩人の先輩を通じてグリュックの「言葉を紡ぐことのできない沈黙の時間も創作には大切」という言葉を受け取った。『野生のアイリス』も、当時の野中さんのように一遍の詩も書けない状態に陥ったグリュックが、2年の沈黙を経て堰を切ったように2か月で書き上げた作品集だった。巻頭詩「野生のアイリス」では、地中に潜ったアイリスの球根がグリュック自身の姿に重なる。

 グリュックの詩は難解な部分がなく、平易な表現で書かれている一方で、読めば読むほど厳選された言葉選びと考え抜かれた構成が際立ってくる。自由詩では、改行の位置も重要な表現の一つであり、グリュックの詩においては、言葉と改行の絶妙な間合いが読者の心を射抜く秘訣だと言えるだろう。

野中さんがアメリカで購入した『The Wild Iris』
野中さんがアメリカで購入した『The Wild Iris』KADOKAWA SEMINAR(C)


 1950〜60年代にかけてのアメリカ文学界では、個人的な体験やトラウマを明け透けに語る「告白詩」が台頭したが、一世代遅れて登場したグリュックはそのスタイルを踏襲せず、むしろ対照的に、グリュック本人や個人的な体験と詩の中の描写は一定の距離を保っている。さらに言えば、詩の中に出てくる人間を、草花とあまり変わらない存在として認識していることがうかがえる。その冷めたような視点と花や自然を描くロマンチシズムを併せ持つ「ビタースウィート」な側面が、グリュック作品の魅力の一つであると野中さんは語る。

言葉遣いの振り分けによって生み出した文学作品特有の緊張感

 後半は、受講者からの質問を中心にトークを展開。『野生のアイリス』やルイーズ・グリュックについて質問ができる貴重な機会を逃すまいと、質問が多数寄せられた。

 ある受講者から寄せられたのは、「聖書に馴染みのない文化圏の読者への翻訳は難しかったのではないか」との質問。これはまさに今回の出版にあたり悩んだ点だったと野中さんは打ち明けた。最終的に背中を押したのは、日本でのエミリー・ディキンソン人気だったという。「日本人も『神との対話』という世界観に関心がある」のだと解釈し、グリュックの作品も受け入れられるだろうと出版に踏み切ったことが現在につながっている。

 また、対象に話しかける訳文の、くだけた言葉と敬語との使い分けについても質問が挙がった。野中さんは「優れた文学作品に必要なのは良い緊張感」であるとコメント。丁寧な口調と攻めた発言、あるいは草花の愛らしい姿と批判的な姿勢など、対照的なイメージを掛け合わせることで、落差による緊張感を意識的に盛り込んだと振り返った。

受講者からの的を射た質問の数々に共感しながら回答する野中さん
受講者からの的を射た質問の数々に共感しながら回答する野中さんKADOKAWA SEMINAR(C)


 音の響きや抑揚、間合いなど、朗読には文字で読むのとは違った味わいがある。また詩人として、研究者として、グリュックの詩に対し深い分析と考察を重ねてきた野中さんならではの鋭い指摘は、『野生のアイリス』から感じ取れる世界をさらに奥行きのあるものへと変化させた。今回の朗読会は、本書読者にとって非常に意義深いものだったのではないだろうか。

 日本で翻訳・刊行されているグリュックの作品は本作の他にまだない。続刊を心待ちにしつつ、原書にも触れてみたいと思わせるイベントだった。

【講師プロフィール】

野中 美峰
(詩人、エッセイスト)
1973年、東京都生まれ。ハーバード大学大学院東アジア言語文明学部修士号、コロンビア大学大学院創作科修士号取得ののち、ヒューストン大学大学院英文学部創作科博士課程修了。東イリノイ大学を経て、現在、ウィートン大学英文学部准教授。専攻は英米詩・創作。著書にThe Museum of Small Bones(Ashland Poetry Press、 2020年),Magical Realism and Literature (共著、Cambridge University Press、2020年),American Odysseys: Writings by New Americans (共著、 Dalkey Archive Press、2013年)などがある。第四回中原中也賞最終候補。

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