映画『新聞記者』望月氏がフォトジャーナリスト安田氏と対談「メディアにも問題ある」
映画『新聞記者』の原作者として注目を集め、常に記者として社会問題に斬り込む望月衣塑子さん。著書『報道現場』刊行を記念し、KADOKAWAセミナーでは対談形式のトークイベントを開催した。対談のパートナーは、フォトジャーナリストとして世界を飛び回り取材を続ける安田菜津紀さん。日本の記者クラブの特異性や旧態依然としたメディア、ジェンダー意識の低さなど、日本社会が抱える問題点を二人の視点から議論していただいた。
現場に斬り込む二人が語る、「質問すること」の大切さ
ときに激しいバッシングを受けながらも、ジャーナリストとして真相究明を突き進むも望月さん。そんな彼女の代名詞とも言えるのが「質問」。菅前首相が官房長官を務めていた頃、望月さんは東京新聞の記者として定例記者会見に出席し、質問制限を受けながらも鋭い質問を投げ続けた。
先だって行われた衆議院議員総選挙の特別番組(TBSラジオ)に出演した安田さんは、「聞く、質問する」ことの大切さに改めて気づいたという。安田さんの出演した番組では、岸田文雄氏(現・総理大臣)へのインタビューとして、入管の映像開示と外国人技能実習制度に関する質問を行ったが、岸田氏は想定外の質問に戸惑いすぐに答えることができなかった。安田さんは「人は誰かに聞かれることで問題に気づく、再認識するもの」とその質問の意義を噛み締めた。
2017年から定例記者会見に出席し続けている望月さんは、政治部の記者から事前に提出された質問に対しあらかじめ用意された答弁を読んで答える一問一答の記者会見を見て「社会部にはない光景」と驚いたという。その光景は、政治部だけでなく社会部からも記者が集う法務省の会見でも同じだった。納得のいかない答弁には「どういうことですか?」と更問(さらとい)が行われて然るべきところだが、実際は更問が禁止されており、記者の追及は厳しく規制された。
「声は確実に届いている」政治を動かす市民の声とメディアの課題
今年の重大トピックとして外せないのが、入管法改正の見送り。自公が推進すれば可決は確実と思われていたが、それを押し留めたのは国民の声だった。公明党幹部はこの改正案の問題点を理解しており、新聞報道やTwitterなどでの反対運動を受けて改正に抵抗感を持っていた。都議選の結果も相まって最終的に改正見送りへ傾いていったが、それだけでなく永田町でたびたび行われたシットイン(座り込み)の声もまた、議員会館の窓越しに公明党幹部の耳へと届いていたという。「声を上げることは必要なんだな、と感じた」と望月さんは語った。
二人のトークはメディアのあり方にも言及。日本維新の会の政策とメディア露出に関する話題では、市民を扇動するような刺激的なパフォーマンスはテレビ向きであるとする一方、公務員バッシング的な政策には疑問を呈した。安田さんは「無批判に出してしまうメディアにも問題がある」と指摘し、議員定数削減などの政策に対しても「ムダをなくす、というと聞こえは良いが本当にムダなのか。脇を突くのもメディアの役割」と述べた。
社会を変える第一歩は、身近なところから少しずつ
後半は会場受講者、オンライン受講者からの質問を募集。短い時間にも関わらず、多くの質問が寄せられた。10代女性からは「同世代に無力感が広まっている」と嘆息交じりのメッセージが。「良い社会にしていく風潮を作るには何が必要か」との質問に対し、望月さんは、身の回りの3.5%の人に問題意識を伝えることで社会や世界が変わっていく「3.5%のセオリー」を紹介。「大きなことをする必要はない。町議や市議、NPOに相談するのでもいいし、あるいは友人と話してみるのでもいい。おかしいな、と思ったことを伝えることから始まる」と提案した。
また、「クォーター制を導入しても、議員になりたいと思う女性が増えなくては意味がない。どうすれば女性議員が増えるか」という質問に対して、望月さんは田村智子議員(共産党)の例を挙げ、「田村議員はかつて都議を志していたが最終的に国政へ行った。市議、町議の男女比が改善されれば国会議員の比率も変わる。第二、第三の田村議員が現れてほしい」と期待を込めて回答した。一方で安田さんは、一票投じる代わりに要求を押し付ける「票ハラ」の問題を紹介。「地盤や後ろ盾のない女性ほど票ハラの被害に遭っている」と分析し、女性が相談できる場や防止する制度などの整備も考えるべきとコメントした。
時間の都合ですべての質問に回答することは叶わなかったが、受講者の問題意識と政治への関心の高さが垣間見えた。約2時間の講演に共通していたのは、一人一人が問題意識を持ち、それを発することに意味があるということではないだろうか。それを最前線で実践する二人に会場から大きな拍手が贈られた。
望月 衣塑子
(東京新聞社会部記者)1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞に入社。千葉、神奈川、埼玉の各県警、東京地検特捜部などを担当し、経済部などを経て社会部遊軍記者。2017年6月から菅官房長官の会見に出席。質問を重ねる姿が注目される。そのときのことを記した著書『新聞記者』(角川新書)は映画の原案となり、日本アカデミー賞の主要3部門を受賞した。著書に『武器輸出と日本企業』『同調圧力(共著)』(以上、角川新書)、『自壊するメディア(共著)』(講談社+α新書)など多数。
安田 菜津紀
(フォトジャーナリスト)1987年、神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。